メルキドのゴーレムが倒せない
アリスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐――あながち間違っていない――の魔理沙を叩き起こさねばならぬと決意した。
魔理沙は睡眠が不可欠な人間で、アリスは睡眠を必要としない妖怪である。けれどもそれ以上に、仕事を押しつけたものと、押しつけられたものであるはずだった。
眠っているのも理不尽なら、家主をさしおいてソファを占領し、家主を床に座らせているのもまた、理不尽だ。
アリスは手に持っていたものを床に置き、魔理沙の肩を揺すった。
「魔理沙、起きて」
けれども魔理沙はみじろぎもせず、惰眠をむさぼっている。
(へんじがない
ただのしかばねのようだ)
自然と浮かんだフレーズに、アリスは烈火のごとき怒りを感じた。
「起きなさいよ!
――あんたがゴーレムが倒せないって私に泣きついてきたんでしょうが!!」
声を荒げると、ようやく魔理沙が目を覚ました。
焦点の合わない目が、やがてアリスと、アリスの前の物体をとらえる。
大きな黒い箱と、いくぶん小さい灰色の箱――香霖いうところの、「テレビジョン」と「ゲーム機」だ。
「……ああ」魔理沙はかすれた声で、「ゴーレムは倒せたのか?」
「当然でしょ」
「どうやって?」
「妖精の笛」アリスは即答し、魔理沙はきょとんとした。「何だそれ?聞いたことないぜ」
アリスは呆れた顔で、「あんたどれだけ町の人の話聞いてないのよ。というか、全然歯が立たない時点でおかしいと思いなさいよ」
「思ったからここに来たんだぜ」
深くためいきをつくアリスにかまわず、魔理沙は画面を見やった。どこかの城の中らしいが、見たことのないフィールドだった。BGMも手伝ってか、どことなく禍々しい雰囲気がある。
「ここはどこだ?」「竜王の城」
アリスの答えに、魔理沙はしばし考えこんだ。
竜王とはラスボスではなかったか。ということは、竜王の城はラストダンジョン、ということになりはしないか――。
魔理沙は思わず、まじまじとアリスを見つめた。
国に戻った姫と勇者をバックに、壮大な曲が流れる。
最終戦でアリスと代わって勝利を収めた魔理沙は「おお」と歓声をあげたが、アリスは無言のままだった。
「お前もうちょっとリアクションしろよ。せっかく竜王を倒して姫を取り戻したんだぜ?」
アリスはうるさそうに眉をひそめた。
画面の中では、王が勇者に国を譲ろうと申し出て(「きっと姫は一人っ子で跡取りがいないんだな」と魔理沙が呟いた)断られていた。
勇者が王女の姫を連れて新たな旅に出たところで、スタッフロールがスクロールをはじめた。
国をもらうのを断るのはともかく、娘まで連れて行くことはないんじゃないか、とアリスは思った。もしかしたら勇者はひそかに、自分を一人で危険な冒険に行かせた国を恨んでいるのかもしれない――などと考えていると感動しそこねてしまった。とはいえ、いちいち説明するのはめんどうだった。
「これが地なのよ。秋の事件のときだってこんなものだったでしょ」
そう言うと魔理沙は心外そうに、
「あれは取り戻したのは月だし、倒したのが姫じゃないか。ドラマ性がちがうぜ」
アリスは思わずくすりと笑った。魔理沙はつづけて、「いや、姫のわがままに付き合って月を取り戻した、かな?」
「姫?」
意図をはかりかねて、アリスは首をかしげる。
「金髪に青い目の、七色人形遣いの綺麗なお姫サマだぜ」
アリスはひどく赤面した。
END