DEAR MY DOLLMASTER


 アリスがいなくなった。
 私はぐるっと部屋の中を見渡した。窓からさしこんだ朝の光が、床の上の雑多な魔導書やマジックアイテムを照らしだしている――つまり散らかっている。
 アリスが時々「仕方ないわね」と言いながら片づけるのだが、現在は汚い。アリスは世話焼きだから、口で言うほど嫌がってはいないのだけど。アリスが昨日片づけができなかった、正確に言うと中断してしまった理由は――今は割愛する。
 家の中を――といってもさして広くないのだが――もう一度探してみてもアリスはいなかった。ここにはいない、と見切りをつけ、心あたりを探してみることにした。


 家にもアリスはいなかった。
「お前たちも手伝えよ」
 洗濯をしたり掃除をしたりと、せわしなく働く人形たちに言ってみると、マスターの命令があるし、お前はマスターじゃないからだめだと拒否された。こいつらは頭が固すぎる。私の言うことぐらい聞いてくれたっていいのに。
 アリスは、つねに全ての人形を連れているわけではない。一番機能がすくない人形が家事、次が研究に必要な道具や材料の管理、アリスの傍で戦闘なんかをこなすのは一番優秀な人形だ。
「肝心のアリスがいないから言ってるのに」
 駄目もとで言ってみると、蓬莱に睨まれた。私がアリスを名前で呼ぶのが気に入らないらしい。その蓬莱も、留守番を任されているから行けない、と言う。


 アリスが行くとしたらどこだろう、と考えてみる。もちろん、確認済みの二カ所は別として。
 近いほうから当たろう、とまず神社に向かった。境内で巫女が賽銭箱を引っくり返しているところだった。あたりまえだが客が来ている時にすることではないので、ここではないのだろう。
 あとは紅魔館か。あの図書館はアリスのお気に入りだ。
 季節はもう春だけれど、霧の湖はあいかわらず寒かった。原因が季節に起因するものではないせいだ。門を越え、館に入る。
 さすがにこの広さだ。自分で探すのは得策ではないだろう、と本棚の迷路を見回す。さいわいにして、探している人間はすぐそこにいた。アリスを見なかったか、と聞いてみる。
「見てないわねえ」
「本に埋もれて見えなかったんじゃねーの」
「アリスは来たら声を掛けるでしょう。誰かとちがって」
「誰だろうな」
 誰のことかは分かりきっているが。
「とにかく、ここじゃないんだな」
「たいした忠犬ぶりね」
「犬じゃねーよ」
「褒め言葉よ。うちの番犬なんか、人も妖怪も通さないのっていうのが仕事なのに役に立たないったら」
 紫の髪の魔法使いはくすりと笑った。
「その忠犬ぶりに免じて教えてあげるわ。アリスならきっと魔界よ」
 その発想はなかった。ものすごく嫌な予感がしたが、アリスを探しているのだ、急いで魔界に向かうことにした。


 洞窟の先、魔界の街と氷雪世界を抜けたところに、その館はある。
 廊下には、銀盆にティーカップを三つのせたメイドがいた。私に気がついたようすだったが、何も言わなかった。
 廊下の先には重そうな扉があった。メイドが扉を開けようとした時、中から一番聞きたくない声が聞こえた気がした。私は居ても立ってもいられず、扉の隙間から体をねじこんだ。
 部屋の中央にテーブルがあり、アリスはこちらに背を向けて座って、何か話しているようだった。向かいで魔界神が何度もうなずいている。
「アリス!」
「あっ……」
 アリスはこちらに気づいて、かすかに頬を赤らめた。椅子を立ってこっちに駆け寄ってきて、
「どうしたの、こんなところまで」
 嬉しかったけれど、私はまだ怒っていたので答えずにいると、
「ごめんね、心配した?」
「当たり前だろ。どうして何も言わないんだよ」
 アリスは困ったように笑い、
「言ったら怒るかな、って思って」
「……言わない方が怒るに決まってるだろ。一人じゃ危ない」
「うん。ごめんね」
 アリスはくすぐったそうな笑みをうかべた。すると横あいから、
「私がついてるんだ、大丈夫に決まってるぜ」
 私は無視を決め込もうとしたが、つまみあげられたのでそうもいかなくなった。何しやがるこいつ。私はじたばたと暴れた。
「魔理沙、離してあげて」
 アリスが私をつかんでいるやつに向かって言った。それから、
「心配してくれてありがとう、上海」
 私はアリスの首のあたりにぎゅっと抱きつき、後ろをふりかえった。魔理沙は面白そうにこちらを見ていた。
 ああもう、むかつく。アリスがこいつの家に足しげく通って世話を焼いてることも、こいつに会う前はアリスがいつもよりすこし長く鏡に向かうことも、昨日わざわざこいつの家を片づけてやってるアリスをベッドに引きずり込んだことも、アリスがまんざらでもなさそうだったことも、半年前から恋人同士なことも、今日親同然の魔界神に挨拶して公然の仲にならんとしている――もうなっているのかもしれない――ことも、全部むかつく。
「アリスは渡さない!」
 魔理沙はにやにや笑いながら、お、やるかこいつ、などと言って私をつついた。
「あらアリスちゃん、修羅場?」
 魔界神が、呑気に紅茶をすすりながら言った。

END
初出:東方創想話

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